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2005.03.14 23:31



未来はこうして拓かれる

未来を拓いた象徴的な発明や出来事というのがあるだろう。

缶入りのお茶とか、家庭用のビデオデッキとか、野茂英雄の大リーグ行きとか、最近でいうとiPodとか。

とあるキャンプの夜、いやその状況はここではあまり関係ないのだが、とにかく10年ほど前になんとなくそういう話題になって、僕が真っ先に頭に浮かんだのはこれだ。

Run-D.M.C.のジャージすがた

エアロスミスとの競演も確かにショッキングだったが、僕はMTVの画面に映る彼らのジャージすがたに釘付けになった。
思春期を駆け抜け、僕の中にそれなりのアイデンティティが芽生えてきたあの頃のことだ。

それは、当時中学を卒業したばかりの僕が絶対の自信を持っていた価値観=「ジャージなんてだせえ」を根本から覆す衝撃的なものだった。今と違って、当時のジャージと言えば中学生までのものだったのだから。

ステージ上のジャージすがたの彼らに熱狂するブラザー達もまたジャージすがた。アディダスのスニーカーに全くヒモが通されていないのもショックに追い打ちをかけた。しかもネックレスは極太のゴールドだ。

地方都市でMTVを眺めていたあの頃の僕。もう何を信じていいのかわからない。

たぶん未来はこうして拓かれていく。
2004.10.31 16:57



旅の終わりに

長い旅の終わりというのは、ゆったりと大きな気持になっているものだ。

安っぽい表現で恐縮だが、なにか自分の世界が拡がったような、そんな気持を噛みしめるように、僕はロマンチックで感傷的なひとときを過ごす。

今までに2度訪れたインドでは、帰りのエアポートまでのオートリクシャ(=3輪タクシー)の中で、僕は恥ずかしながら感極まって泣いてしまった。
インドのエアポートはどこも頃合いな郊外にあって、街の雑踏を抜けてそこに至る埃っぽい道程は、僕を感傷の世界に誘うのに十分な時間なのだ。

度肝を抜かれた数々の光景、ずる賢い商人、貧困、カレーとチャイ、紙のないトイレ、そして下痢。
こう書くといかにも気が休まることの少なそうなインド旅行。しかし、帰りのリクシャの中から人懐こいインドの人々の顔を眺めていると、僕はいつも気付かされるのだ。
この大きなインドに、僕は癒されていたのだ、と。


初めて猫を連れてヨーロッパをドライブ旅行した時の帰りは、僕の大好きなシャルル・ド・ゴール空港だった。

何か大きなことをやり遂げたような充足した思いで、出発ロビーで一人悦に入っていた僕。ふつうなら水にするところだが、この時ばかりは少し晴れがましい気分でペプシコーラをチョイス。

しかしほどなくして、案の定持て余してしまった僕は、近くにいた清掃夫に残ったペプシの処理を頼むことにした。
彼は極めてプロっぽく洗練された応対で「ウィ」と応え、僕のペプシを手にしたかと思うと、なんとそのボトルをそのまま逆さまに向けたのだ。

じょぼー。

出発ロビーの絨毯に吸い込まれていった僕のペプシ。
あまりの大胆さに呆然とする僕を残し、彼はウインクだけして立ち去って行った。

シャルル・ド・ゴールの絨毯の下には、世界中の人たちの晴れがましき飲み残しがいっぱい沈んでいる。
そんな妙なロマンを感じつつ、少し大きくなっていた僕の気持までいっしょに吸い込まれて行った気がした。
2004.02.03 10:51



虹のねもと(再掲)

虹の「ねもと」を見たくて、自転車で探しに行ったことがある。遠い昔の話だ。

今でも見てみたい、と言ってもそんなロマンチックな趣味ではなくて、大人になった僕はそこにあるべき装置とか施設とかに興味があるのだ。


というわけで、この前の日曜日、車で見に行ってきました。


変電所を思わせる広大な敷地の周りには、きれいに芝生が植えられていて、週末は近所の住民向けに解放されているようだった。
目当ての「装置」は奥まったところにある古い洋風の建物の中にあった。

外から見る限り、その装置のしくみはどうやら簡単なものらしい。
ただし、ものすごく大きい。どうしても小型化できない部分があって、そのために施設自体を大きなものにせざるを得ないんだそうだ。

古びた説明板には、さらに次なようなことが書いてあった。

心臓部の装置は輸入品。国産のものだと、どうしても出せない色があるとかいう理由で、そこではスウェーデンの専業メーカーのものを使っているとのこと。

また、電力などのエネルギーはたいして消費しないかわりに大量の水を必要とするので、敷地内には貯水用のプールが7槽がある。
夕立のあとに虹が出やすいのには、ちゃんとした理由があったのだ。

人口50万人以上の都市には2重射出装置が、さらに県庁所在地には4重射出装置が配備されるのが標準的とのこと。さらに、東京と明石市には3対6基の4重射出装置があるそうだ。

メンテナンスを兼ねた射出実験は月2回。ただ、夜間に実施していることもあって、あまり気づく人はいないらしい。

俺印16.JUL.98掲載分を加筆、再掲しました)
2003.11.13 08:08



空飛ぶ僕

夢の話で恐縮だが、僕はけっこう空を飛ぶ夢を見る。
自慢じゃないがわりと思いのままだ。
人を追いかけてたり、景色のいい草原に出くわしたり、そういう場面でひょいと駆け足から飛行状態に移行できる。いいだろう。
ただ難点があって、

高度が非常に低い

のだ。
僕が飛ぶことができるのはだいたい大人の腰くらいの高さで、飛行しているのにもかかわらず、まわりからは見下げられている。しかも、

あまり速くない

とくる。
最大速力で、だいたいジョギング程度。自転車とかに抜かれまくり。

先日、クロールのように手をかくと若干加速できることを発見したのだが、そうしたところで劇的に速くなるわけではないし、だいたいそれはあまりかっこよくない。

今のところ飛べる人間は僕だけなんだけど、そんな状態なので、僕の飛行はあまりレスペクトされておらず、道行く人の反応はせいぜい「お、便利じゃん」という程度のかなりあっさりしたもの。
とりあえず笑われてはいないようだが、そろそろスキルアップしないとやばいかんじ。

例えて言うならそれは、はやり始めのキックボードに乗っていた大人のようなやばさ。
2003.09.22 00:59



次世代卒業アルバムーある夜のkuma氏とのチャットより

Kenzo:
次世代の卒業アルバムって、フォーマットはhtmlやflashになるんじゃないか?

そんなことはないでしょう。たぶん。

Kenzo:
でも基本的にあれって外注業者の仕事なので、今後CD-ROM納品とか、さらにそれが同窓会のデータベースと直結するとか、そういうビジネス考える人が出てくるでしょう。卒業アルバムもインストールして楽しむ時代だ。

kuma:
CD-ROMはやだなあ。間違って捨てそうだから。
どこかWEBにおいといてほしい。

Kenzo:
ま、ふつうに考えるとそうですね。

kuma:
でも年取ってから見られなさそうですね。再生するドライブがないとかで。>CD-ROM

Kenzo:
確かに。なので、アップデータが1年ごとに配られます。

kuma:
それはいい!! 毎年そのときの顔に変わるやつだったら買います!!

Kenzo:
そうそう。集合写真が老けてくの。
子連れになってたり、額が後退したり、突然消えたり(毒)。

kuma:
いやー、それほんとに欲しいですよ。
さらにその年にその人が何を考えてるのかまで書き添えてあると最高なのですが。

Kenzo:
いいねえ。アップデートされる寄せ書き。
内容もだんだん現実的になっていきます。

kuma:
それを100年とかの単位でやって記録を残して欲しいんです。

Kenzo:
残してどうすんだ?

kuma:
後の人が見て楽しむのです。

Kenzo:
いや、別に後の人は見てもおもしろくないと思う。
2003.05.23 17:43



Q&A

コンビニでお茶と弁当を買うだけで最低これだけ聞かれる。

Q1.暖めますか?
Q2.袋は分けますか?
Q3.箸はお使いになりますか?

ちなみに僕の答えはたいてい

A1.おねがい。
A2.いっしょで。
A3.はい、一膳。

だ。
これがガソリンスタンドだともっと多くなる。

Q1.ハイオクですかレギュラーですか?
Q2.お支払いは現金ですかカードですか?
Q3.当店の会員証はお持ちですか?
Q4.窓ふきはしてよろしいですか
Q5.灰皿・ゴミはございませんか?
Q6.本日洗車はどういたしましょう?

面倒なので簡略化して書くと、僕はたいてい「ハイ/現/無/拭/無/無」。
答えはどこでも同じなので、正直このやりとりはうざい。デジタルに「100100」とかで伝われば楽なのにと思う。ボンネットにでも書いておきたい気分。

ていうか、こういうのは個人情報なので将来的にはIDカードとかマイクロチップ化して体内に埋め込めばいいのだ。

「ネギだく/麺かため/裾は長め/領収書は平松で」、そういう情報が詰まったマイクロチップをそっと首筋あたりに埋め込みたい。
2003.04.08 01:18



クリアケース

クリアケースがすぐになくなってしまう。

そう書類を挟む透明なあれだ。僕はあれをよく使う。
仕事の書類の整理とか、伝票をまとめておくときとか、身の回りの紙のものはたいていクリアケースに挟まっている。

で、近所の無印で30枚とか50枚とかまとめ買いして補充してるんだけど、これがけっこうすぐになくなってしまう。何かを送るときとかもクリアケースに挟んでいるので、なくなるというよりは、むしろ出て行くと言うほうが正しい。僕の手元から巣立っていくクリアケース達。

あれは、大人の世界の一種の共有物みたいなものだと思う。白いかすり傷のついたクリアケース、結構みんな使い回しているでしょう。クリアケースは会社の垣根を越えて、もしかしたら国境も越えて、広くみんなの役に立って循環しているんだと思う。いい話だ。

しかし、こうして循環しているのに、僕の手元には全く戻ってこないのはどういうわけだ。ああ、僕も、白いかすり傷のついた出自の知れないクリアケースを使って、一生知ることもないどこかの会社や遠い外国のオフィスに思いを馳せたいのに。


音楽には送り出す側の人間と消費する側の人間がいると言うが、ことクリアケースに関しては、僕は完全に送り出す側の人間だと言える。

ステージ上の僕。長髪にぴたぴたのパンツ。腰にはバンダナ。そして絶叫するオーディエンス。彼らに向かってひたすらクリアケースを投げ続ける僕。減りゆく手元のクリアケースは、袖にいるスタッフがすかさず補充してくれる。鳴りやまない歓声。場内を乱れ飛ぶクリアケース。でもそれはステージには届かない。

クリアケースを通してはじめて共感する、ロックスターの孤独。
2003.03.09 14:58


グループ写真:後編

(前編よりつづく)

失意のまま、重いペダルの12段変速の自転車を漕ぎながら、果物籠を抱えた僕はリベンジ案を練った。概要はこうだ。

中庭写真
卒業アルバムの編集上、なんとなく空きスペースが出来てしまう場合があり、そこには「中庭」とか「藤棚」とか、そういう当たり障りのないどうでもいい写真が挿入される。そういうかんじのグループ写真はどうか。

屋上から校内の中庭を俯瞰で撮影。一見すると上述の「空きスペース写真」だが、よく見ると、みんな写っているというイメージ。

少なくとも、前編で書いた「サッカー部コスプレ写真」のような恥ずかしさはないため、グループ内のコンセンサスは得やすいだろう。しかも「卒業後のナンパ市場での価値ゼロ写真を」という僕のコンセプトにも合致する。これはいけそうだ。

果たして、この読みはあたり、無事撮影の運びとなった。
なにより「よく見ると写ってるじゃん!」という、コンセプチュアルでわかりやすいオチは「なんか面白いものに参加したい。でも自分はなにもしないよ。」という、みんなの気分に合っていたのだ。僕はほくそ笑んだ。


草むらでベレー帽をかぶってニワトリの剥製の絵を描いている男、木陰で女子にラブレターを渡している男、何人かの男と元気そうに戯れているようにみえて、実はコブラツイストがかかっており、1人苦悶の表情を浮かべている男、などなど。

そこに繰り広げられるのは、僕の周到な準備と細かい設定どおりの世界。いつもと勝手の違うグループ写真に戸惑いの表情を浮かべる写真業者には、的確に構図の指示を与え、僕も自分の持ち場へついた。今回はみんな楽しんでいる。すべては完璧に思えた。


数ヶ月後、季節は変わり、みんなが受験を意識する冬が近づいていた。学校側から、我々のグループ写真を撮り直すよう指示があったのはちょうどそのころだった。

なんでも写真業者がネガをなくしたらしい。
平謝りの写真業者。しかしその横で、怒る僕に目を合わせようとしない、やれやれといった面持ちの学校側の担当教諭を見て僕は全てを理解した。

その写真の中の、とある設定がよくなかったのだ。

返り血を浴びて呆然とナイフを持って立つ男。その足元にはトマトケチャップをワイシャツにぶちまけて倒れる男。ナイフの男は親友の小野田君、トマトケチャップはもちろん僕だ。


結局、写真は撮り直しとなった。
さすがにこの時期になると、グループの中で何かを準備するような時間も心の余裕も残っていない。すべてが学校側の思うつぼだった。

僕や僕の親友達は、一連の撮影で味わった、グループ内の裏切りや、学校側の姑息な対応へのせめてもの怒りの表現として「正面を向かない」という約束でそのフレームに収まった。夏服中心のさわやかなグループ写真のなかにあって、我々の写真だけが季節はずれの真っ黒な冬服になった。


以来、僕はずっと怒っていたが、こうして冷静に記憶をたどってみると、一連の撮影の中で常に目に付くのは、率先して遺影になってたり血まみれになって倒れてたりしてた僕の暴走だ。

大人になった今なら自信を持って言える。3年4組のみなさん、悪いのはたぶん僕です。
2002.10.01 01:06



グループ写真

高校の卒業アルバムの「グループ写真」のエピソードを紹介したい。

「グループ写真」が一般的なものなのかどうかわからないので一応説明すると、それは文字どおり、グループで撮った写真。クラスの集合写真とは別に、クラスメイト数人単位で集まって好きな場所で撮った、少しくだけた内容の写真のことだ。

くだけた、と言っても集合写真と比べて一人あたりの占有面積が大きいため、生徒たちはむしろこの「グループ写真」の撮影に力を入れる。特に僕が通っていたような田舎の学校の場合、卒業アルバムの写真の出来がその後のナンパ市場での自分の価値に影響を与えるらしく、皆無関心を装いながら、押さえるところは押さえるというかんじでフレームに収まっていた。

で、僕がこのグループ写真を企画することになった。
上記のような予定調和に一石を投じるべく、鼻息荒く企画したのはこういうのだ。

サッカー部コスプレ写真
男子10人、全員サッカー部のユニフォームをレンタル着用、担任の教師にも無理矢理ジャージを着させて集合し、サッカー部の集合写真風に撮影。
「春の地区大会優勝」を想定し、全員首にはメダル。しゃがんだ前列中央の主将風の2人の手には賞状と盾。後列のメンバーは肩を組まさせ、両端に僕がオーダーして作った果物の盛り籠とトロフィーを持った長身のメンバーを立たせる。中列にはジャージ姿のマネージャーの女子を配し、額縁に入ったメンバー遺影を持たせる。遺影の中で笑うのはもちろん僕の写真だ。


さて撮影当日。
全員ユニフォームに着替えて、準備万端。ジャージ姿の担任も予想通りのダメ感だ。近所の果物屋に作らせた盛り籠の出来も非常にいい。

そんな矢先、メンバー内に不協和音が噴出。

この期に及んで、メンバーの数人がユニフォーム姿はやっぱり嫌だとだだをこね始めたのである。もちろん、これは卒業後のナンパ市場を意識しての発言だった。

結局、この企画はこうして直前でボツになった。
事前のプレゼンでコンセンサスを取っていたにもかかわらず、最後の最後で露呈したメンバーの保身的裏切り。僕は凹んだ。

なかでも一番辛かったのは、果物籠の処理だ。傷心のまま、僕は春の地区大会優勝相当の豪華な果物籠を抱えて家に帰った。12段変速の自転車で。

(つづく)
2002.08.27 01:50



ガスの時代がやってくる

やっぱりガスだと思う。

炊飯器も乾燥機もファンヒーターもわかっている人はみんなガスだ。なにせ火力が強くて立ち上がりが早い。そのうえコストも安いとくる。いいことづくめじゃないか。オール電化住宅なんて時代遅れ。これからはオールガス化だ。

とりあえず暖房は手堅いだろう。
ガスこたつ、ガスあんか、ガス毛布。ガス便座なんかもいけそうだ。

暖房以外でも熱源系は相性がよさそう。
ガスポット、ガスコーヒーメーカー、ガスアイロン、ガスドライヤー。
ガスならブレーカーが落ちる心配もないし、なにしろ火力が違う。ガスに死角無しだ。

唯一弱点をあげるとすれば、弱電系製品に導入が難しいことくらいか。
ガステレビ、ガスビデオ、ガスファックス...、製品イメージと合わないが、回転系のあるものならガスでもなんとかなりそうな気がする。ビデオの早送りとか巻き戻しとか。電気の繊細さとガスのパワーを組み合わせれば、きっといいものができると思う。

パワーといえばやっぱりコンピュータ。
ワードとかエクセルなら電気でも構わないだろうが、フォトショップやドリームウイーバーあたりになるとやっぱりガスの出番だろう。

そうなるとデザイン事務所なんかはもうガス化しかない。
「ウチ最近、3Dの仕事多いから、配管太くしたよ」
とか
「○×さんとこはいつも納品が速いね。やっぱりガスにはかなわないなぁ。」
とか、ガスがものを言う世界。単位はもちろん「GB(ガスバイト)」だ。

ガスの時代がやってくる。
作るのはやっぱりパロマとリンナイ。あとコロナ。
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